日本給水党(団地給水塔鑑賞ブログ)
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那覇市営宇栄原住宅

那覇市営宇栄原住宅の給水塔
完成:1965年(昭和40年) ※1
戸数:1,004戸
撮影:2014年8月
Googleマップ
沖縄の給水塔を紹介するなら、やはりまずはここから。
那覇市営宇栄原(うえばる)住宅。
(那覇市のサイト等では「宇栄原市営住宅」と表記されていますが、当ブログでは便宜上、他の自治体の団地名に表記を合わせ「那覇市営宇栄原住宅」と表記します)

今回の沖縄遠征ではバル給ファンクラブのみなさんにお世話になったのですが、「バル給」とは、この「宇栄原(うえばる)住宅の給水塔」を指しています。
そのバル給代表の亀崎さんと一緒に半日かけて給水塔巡りをしたのですが、当然まずは宇栄原住宅へ向かいました。

曇天の那覇市営宇栄原住宅給水塔
しかし、ご覧のとおりの曇天…。
このブログをよく見ていただいている方はお気づきだと思いますが、基本的に晴天の写真しか載せていません。
なるべく給水塔に良い印象を持ってもらいたいので、どんよりした写真は使いたくないのです。
だからこんな天気では載せられません。でもせっかく沖縄に来たのだから、宇栄原住宅はしっかり撮って載せたい…。

そんな風に苦悶しながら眠りについたのですが、翌朝6時ごろ、目覚めると外は快晴!
宿泊しているホテルから宇栄原住宅へはモノレールと徒歩で片道40分くらい。
これは行くしかない!
ということで早朝、2日連続で再び行ってきました。

北側から見た那覇市営宇栄原住宅給水塔
快晴!


那覇市営宇栄原住宅案内板
団地案内図(南が上です)。
琉球新報社が提供したのでしょうか。スポンサー広告付きの案内図は他では見たことがありません。
団地全体はA・B・Cの3地区に分かれており、このうちB地区は完全に建替え済み、C地区の南側が現在建替え中です。

建替え前の時点では全45棟1,004戸と、沖縄県の公営住宅としてはかなり大規模な団地であり、当時の住宅専門紙では「そのスケールからいっても那覇市のそれまでの公営住宅団地建設の全経験を集約し、次のステップに進むべきものであった」と評されています。 ※2 ※3


那覇市営宇栄原住宅案内板アップ
給水塔は団地のほぼ中心に位置しています。


南西側から見た那覇市営宇栄原住宅給水塔
これが宇栄原住宅の給水塔。
団地の中心部に立つにふさわしい、堂々たる風格を備えています。


那覇市営宇栄原住宅給水塔の頂部
とっくり型に分類される形状ですが、通常のとっくり型給水塔との大きな違いは、くびれ部分にある二重の円形構造物。
なんとここは展望台になっており、登れば360度眺望することができるそうです!
一般開放されているわけではない給水塔に、このような施設が付いているのを見たのは始めてです。


那覇市営宇栄原住宅給水塔の塔体
もう一つの大きな特徴は、塔体に開いた多数の丸い穴。
この穴、なんとバナナの幹で開けられたそうです!

<参考リンク>
団地の給水塔に恋して 那覇・宇栄原 | 沖縄タイムス+プラス

なお、塔体に多数の穴が開いた給水塔は大阪府営住宅でも見られますが(例えば府営金岡東第5住宅など)、宇栄原住宅より以前に立てられた給水塔で穴開きタイプのものはありません。
大阪府が宇栄原住宅の給水塔を参照したとは考えにくいですが、なかなか興味深いです。

また、この給水塔ではスピーカーの取り付け位置にも注目したいです。
通常、給水塔にスピーカーをつける場合、なるべく遠くまで音が届くよう、金岡東第5住宅のように頂部に据えるのが一般的ですが、宇栄原住宅ではこのように比較的低い位置に据えられています。
この給水塔の美しいシルエットを損なわないため、あえて低い位置にしたのではないかと思います。素晴らしい!


那覇市営宇栄原住宅給水塔の土台
給水塔自体が団地住棟に比べかなり高い位置にあるので、あえて頂部に据える必要がなかったのかもしれませんが。


那覇市営宇栄原住宅給水塔前の芝生
給水塔の西側にはきれいな芝生が広がっています。
(以前は南側にも公園があったのですが、現在は保育所が建っています)


那覇市営宇栄原住宅給水塔と飛行機型遊具
フォトジェニックな飛行機型遊具と給水塔。


公設市場と那覇市営宇栄原住宅給水塔2
給水塔の北側には公設市場があります。
まだ早朝なのでシャッターが下りていましたが、現在も何店舗かは営業されているそうです。


那覇市営宇栄原住宅横の団地食糧品店
公設だけではなく、団地周辺には民間の小売店舗も散在していました。
こちらはその名も団地食糧品店。


那覇市営宇栄原住宅住棟2
「那覇市のそれまでの公営住宅団地建設の全経験を集約」したと評されるだけあって、住棟デザインもさまざなまものがありました。こちらは階段室の腰壁が柵状になっています。


那覇市営宇栄原住宅住棟3
同じ中層フラット住棟ですが、こちらの階段室は普通。


那覇市営宇栄原住宅住棟4
外壁の痛み具合が時間を感じさせます。


那覇市営宇栄原住宅住棟1
そしてこちらの棟では住戸玄関が階段室と90度ずれて外を向いています。
なお、さきほどのC-14棟に比べこの棟はきれいに見えますが、住棟の建設年はほぼ同じ。
このエリアの建替えはまだ先なので、外壁の塗り替えが行われたそうです。


那覇市営宇栄原住宅ボックス型A12棟
こちら、A12棟はワンフロアに2戸のボックス型。
沖縄でよく見られる花ブロックを用いた窓が端正な印象を与えます。


那覇市営宇栄原住宅ボックス型A1棟
宇栄原住宅には現在、ボックス型住棟は3棟残っています。
こちらはA-1棟。


那覇市営宇栄原住宅ボックス型C10棟
そしてC10棟。
分かりにくいかもしれませんが、C10棟は南側に階段室がある南入り型です。


那覇市営宇栄原住宅の階段
団地内は高低差があるため、このような階段がいくつも存在します。


那覇市営宇栄原住宅建て替え住棟
第1期・2期の建替え工事は既に完了し、このような高層住棟が並んでいます。


那覇市営宇栄原住宅第3期建て替え工事
そして現在は第3期工事中。


那覇市営宇栄原住宅住棟と給水塔
8年後の平成34年度に最終の第8期工事が始まり、その時には「バル給」も解体される予定。
それまでにあと何回見にいけるかなーと、今からまた沖縄行きを夢想している日々です。


※1
参考文献3によれば、宇栄原団地は昭和39年着工、昭和40年8月に第1期入居開始、昭和43年に完成、全44棟984戸となっている。当ブログでは基本的に入居開始年を完成年としているので(入居開始年は給水塔完成年とほぼ同時期になると考えたため)、ここでは完成年を昭和40年としている。
なお、那覇市のサイトでは竣工は昭和50年、全45棟1,004戸となっている。参考文献1に掲載されている昭和43年時点の住棟配置図と建替え前の配置図を比較すると、B-9棟が増えていることがわかる。よって、おそらく昭和50年になんらかの理由でB-9棟を建設し、その戸数は20戸だったと考えられる。

※2
参考文献3より引用。

※3
沖縄県に公営住宅法が施行されたのは本土から大きく遅れて昭和36年8月。翌昭和37年7月から同法による公営住宅が建設された。宇栄原住宅の前に建てられたのは久場川、識名の2団地。ただし、那覇市では同法に拠らない市単独資金による公営住宅を、昭和31年完成の若狭住宅を皮切りに、宇栄原住宅着工までに4団地手掛けている(参考文献1より)。
なお、沖縄で公営住宅法の施行が遅れた理由として、参考文献4では、共産主義の影響を懸念したアメリカ政府及び米軍が、私的所有意識を高めるため持ち家政策に固執し、深刻な住宅不足に対しても公営住宅の建設による解消という手段は敬遠してきたため、としている。


【参考文献】
1 山東和朗(1968).沖縄の住宅事情 住宅 昭和43年12月号 32-39
2 谷口哲彦(1971).沖縄の住宅事情 住宅 昭和46年10月号 2-6
3 末吉栄三、岨良政、藤沢正則、柏卓男、永井秦介(1971).那覇市の住宅と居住環境-一般住宅地区と公営住宅団地におけるケース・スタディー 住宅 昭和46年12月号 16-35
4 末吉栄三(1976).米軍の住宅政策と那覇市における住宅事情 住宅 昭和51年8月号 33-43

【参考リンク】
1 市営住宅建替事業 | 那覇市 Naha City
2 宇栄原市営住宅(宇栄原団地)
3 ★ 造形美確認検査センター ★ ★特集★宇栄原給水塔→バル給の内部や頂部からの眺望が見られます。必見!
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UC

党首:UC
2008年10月結党。
以来、世間一般からはもちろんのこと、団地鑑賞界においても給水塔鑑賞界においても傍流に置かれがちな“団地の給水塔”の地位向上を目指し活動している。
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